高尾山に行った日の嬉しいこと 後編（3）

おばちゃんから電車の中でもらった名刺には、自宅の住所や電話番号の他に、
携帯の番号やアドレス、ご丁寧に自宅の地図まで書いている。はっきり言って個人
情報の塊だ。

私が何より嬉しかったのは、そんな大事なものを山道の帰りと電車のなか、わずか
1時間たらず話した者に渡してくれた気持ちだ。翌日家におじゃまする際には、私も
名刺代わりに自分の携帯や住所などを書いた紙を菓子折りに添えたが、名刺を
もらったその時は、私でも正直怖い気持ちがあって名前と自宅の番号までしか書け
なかった。

自宅に帰った後、このことを親に電話で話すと、「おまえ大丈夫かい、何か変な宗教
にでも勧誘されるんじゃないだろうね」と言ってきた。私は「大丈夫、そんな人じゃ
ないよ」と言いつつも、電話を切った後で親が心配するのももっともだなあと思った。
もちろん、おばちゃんのご家族はまったくそんなことはなかったがそれくらい用心する
のが普通だと思う。

だけどそう考えると、ますますおばちゃんが私を食事に誘ってくれた心意気が嬉しい。
どこが気に入ってくれたのかは分らないが私を信用して下さったことが嬉しい。

見ず知らずのおっさんを自宅に招く方が本当はもっと怖いはずなのだ。おばちゃん
には二人の息子がいると言うことで、もしかしたら私にも多少の親近感を持ってくれた
のかもしれない。おばちゃんは私とは違ってかなり社交的だし、たぶん普段から
いろいろな人を家に呼んで食事を振る舞ったりしているのかもしれない。だから多少
は抵抗が少ないのかもしれないが、それでもやっぱり、と思う。

そういうことを考えると呼んでくださってほんとありがたかったなあと思う。「今は無職
ですけど株で食べてます。」と話すと、知人で株をやっているが、最近自己破産した
人がいるらしく「大丈夫？」と本気で心配してくれる。ジーンとあったかい気持ちになる。

孤独死が一般的になったり、隣に住んでいる人の顔すらまともに見たことがない東京
でもこんな人はいるんだなあと思った。