生活費(15万/月)を稼ぐことができず、失敗するまでのデイトレ日記です。
はじめはこんなに長く続けるつもりではなかったが、気がついたらこの連載も30回近くに
なってしまった。最後にこれまでの5年間を少しだけ振り返ってみたい。

その歴史を一言で言えば、「どのように守りを固めていったか」になると思う。
今回エクセルメモやデイトレ日記を一通り全部読み返してふと思うことだ。

「守りを固める」とは、いかに大負けを少なくするか、と言っていいと思う。私のこの5年間
はほぼこの1点に集約されると言っていいと思う。それ故、この連載にあたり初回に載せた
資金推移のグラフを見ても、大負けした時は資金を減らしている。

これは当然と言えば当然かもしれないが、自分にとっては大事なこと。逆に言うと早い
段階(1~2年目)から逆張りのコツみたいなものは掴んでいたので、強い武器は持って
いたかもしれないと思う。そうでなければ、例えまぐれでも1年ちょっとで資金150万を
400万にまで増やせないと思う。それも地合いもあまり良くない中でのことだ。運良く
始めから強い武器をみつけることができたのは有り難いことだと思う。

だけど一方で、私はすごく守りが弱かった。弱い盾、もしかしたらそれすら持っていな
かったのではないかと思う。だから打たれ弱く、勝つときは大きく勝つが負けるときは
それ以上にドカンと負けてしまったのだ。

ドラクエでいうならば、始めから「どうのつるぎ」を装備して攻撃力はあるが、鎧や盾は
何も身につけていない素っ裸の状態で荒野に出かけたようなものだと思う。(ちょっと
補足すると、ドラクエは剣などの武器のほか、鎧や盾などの防具も装備していないと
先に進むのは困難なゲーム(RPG)だ。普通はバランスを考えて、「こんぼう」など安い
武器と「かわのふく」などの防具を装備して出かけるのがセオリーなのだ。「どうのつるぎ」
は高い武器になる。)

これなら生き残れるはずが無い。だから、運良く1年ちょっとで400万にまで増やせても、
化けの皮が剥がれば落ちる時は一気だったのだろう。以降自分のルールを作ったり、
損切りツールを作ったりと、いかに「守りを固める」かの戦いとなった。これらは言い換え
れば自分に縛りを課していったと言っていいと思う。倒産株は触っちゃだめ、含み損で
持越ししてもダメ、などという風にだ。

その結果どうなったかと言うと、ここ数年手数も減って、資金の割に勝った時の勝ち額
は少なくなった。もちろん出来高やボラの減少など地合いも大いに影響すると思うが、
自分でも意識的にそうしてきたということだ。これは守りを固めてきたことの裏返しだと
思う。攻撃力を減らしてでも守りを固める必要があったので、必然の結果だと思う。

2~3年前にボラもあったとは言え、100万の資金で1日5~6万も勝っていたのはリスク
を取りすぎたと思う。その分、ナンピン多用などのゆがみが生じ、ドカンと負ける弊害が
大きくなりすぎていた。5年目にしてようやく「かわのふく」や「かわのたて」などの防具も
身につけるようになったが、これでもまだまだ守りが甘いと思う。未だに勝ちに比べて
ドカンと負ける額や頻度が多すぎる。

あとどれくらい株を続けられるかは分らないが、現状を客観的に見る限り、これからも
「守りを固める」戦いは続くと思う。願わくば、遠い将来「資金1億までの道のり」をこの
日記で書けたら本望だが、今はあまりにも遠すぎてまったく頂きが見えない状況だ。
あまり遠くばかり見ても仕方ない。これからも目の前を見て、自分の得意なコツコツを
繰り返しながら、いかにドカンを減らすかの道を探ってゆきたいと思う。

 ~おわり~

(足跡 /  19(ジューク))

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2010年の10月に連敗を喫している頃、前の年から比較的楽に勝てるようになって、
だんだん怠け心が出てきたことに自分もで気がついた。その分欲が薄れてきたのでまだ
これくらいの負けですんだが、そうでなかったらもっと負けていたと思う。その後さらに
11月、12月と月間の連敗地獄は続くが、もう一度本気で株に取り組もうと思ったのが
この時だった。

この時思ったことは「いざとなったら私は損切りができなくなる」ということだった。事前
にいくら「ここで切ろう」とか「ナンピンは1回まで」とか決めておいても、いざ自分が予期
しないほどの暴落に見舞われると途端に手が固まり、逆に半ば無意識のうちにナンピン
に走ってしまうのだ。

もう意志が弱いのを通り越して、「損切りできない病」といってよかった。自分では
どうしようも無い気がして、こんな致命傷を抱えてこれからも株で食っていこうなんて
もう土台無理なような気もした。実際、私は欲が強過ぎて、株には向いてないんじゃ
ないかと思う。

それでも必死で考えて、もし生き残るとしたら、いざとなったとき自動的に損切りして
くれるツールを作るしか無いと思った。情けない話だが、いざとなった時に自分で損切り
できる意志はないものと考え、その時機械的にスパッと損切りしてくれる仕組みが必要
だと思った。冷静な時の自分の意識をツールに反映し、それに代弁させるのだ。そこで
10月以降損切りや監視ツールを作って改革を行なった。年末に岡三証券に引越しを
したのもその一環だった。

昨年秋から月間4連敗しており、もうこれ以上負けられない。1月か、悪くとも2月までに
結果が出なければ(黒字にならなければ)もう今の生活を辞めようかと思った。それでも、
最低限の自分のルールを守り、とんでもない大きさの大負けさえしなければ資金も多少
増えたことだし、今後1~2年は細々と暮らせるかもしれないとも思った。うぬぼれかも
しれないがそれくらいの力はついただろうと思った。

しかし、それじゃやっぱりダメだとも思った。それは今後ジリ貧の生活に陥ることを受け
入れることになる。そもそもそんな後ろ向きな考えでは細々と暮らすことさえままなら
ないと思った。株の世界はそんな甘くない。今はもう資金80万まで減ったらなんて悠長
なことは言ってられない。日記には書いてないが、もし今年(2011年)中に1000万に
届かなければあきらめて別の仕事を探そうかとも思った。今の生活では誰も肩を叩いて
くれない。自分の引き際はしっかり見極めないといけないと思った。

2011年は不退転の決意で臨むことにした。以降、幸いにも2011年は5月まで月間負け
なし、しかも3月、4月の2ヵ月合わせて300万近くに及ぶ好成績を上げることができた。
念願の目標だった1000万には4月半ばに一時達し、5月には月末でも1000万を維持
することができた。資金の一番上の桁が1千万の位に繰り上がった時の喜びは、
言葉で言い表せない。

好成績の裏には大震災時にボラが突発的に大きくなったことなどいくつか要因がある
と思う。もちろん前年末からの改革が実を結んだのもあると思う。でもそれはまだ今年
の出来事だ。振り返るにはまだ早く、この辺で終わりにしたい。

~続く(次回最終回)~

(はつ恋 / 福山雅治)

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今回から2010年に移る。この連載も残りあと3回となった。まだ1年前のことだし、この頃
になると意識としては今とそれほど変わらなくなってきたと思う。取引が「仕事」であると
強く意識しだしたのもこのころからだと思う。ブログでも「仕事」という言葉をたびたび使う
ようになる。

前年は急ピッチで資金を増やし、気持ちの面で欲が加速してきている部分は当然あった。
今までの自分だったら、ここらあたりで確実と言っていいくらいにかなり「大きな調整」が
入ったはずだ。資金の割合でいったら負けが100万を超えたっておかしくはないだろう。

しかし、結果的にこの年に入ってからも「大きな調整」は免れた。株を始めて2年目で一時
400万近くに達し、そこから奈落の底に突き落とされた(正確には自分で落ちた)経験が
活きたのだろう、今度は慎重さがあった。それに今度は単なるまぐれではなく、毎月の
生活費も引きながら地に足を付けて増やしてきたという自信が少なからずあった。

その後もしばらくは順調が続いた。1月には600万、4月には700万まで増えた。正直
言ってこの時まではあまりに順調で去年からのペースでいって、この年に1000万にまで
到達するのは時間の問題だと思っていた。

だが、なかなか自分の思い通りに行かないのが取引の難しいところ。多少ペースは
落ちたが、5月以降も毎月貯金を重ね、8月にはなんとか800万弱というところまできた。
ここである怖さが次第に頭の中を占めるようになった。

それは出来高とボラが急激に減ってきていることだ。相場の雰囲気は決していいとは言え
なかったが、それほど悪くもない。何か材料があった銘柄だけぽつんと動いていてその他
はほとんど動かない。毎月出来高とボラが減ってゆき、真綿で首を絞められてゆくような
感覚だった。

2~3年くらい前だったら材料のあるなしに関わらず、朝一で吹き上がって値上がり率
ランキングに顔を出す東一低位が毎日一つや二つはあった。でも、ふとそれが最近
なくなったと気がついた時には驚いた。今年(2011年)もボラと出来高は全般的に少く、
朝一で東一低位が吹き上がることは少ないが、JASDAQ低位がそれを補っている部分が
あり、そう考えればこの年よりはましかと思えてくる。

そして、閑散さの極みを迎えたのが9月以降の秋だった。もうほとんど無風状態になった。
この5年間の株生活でこれほど勝つのが難しいと思った相場はない。暴落の毎日だった
リーマンショックの年ですら、動きがあって良かったなあと懐かしく思えたほとだ。デイトレ
にとって動きのない相場ほど恐ろしいものはない。資金が500万を超えるともうほとんど
1日1万とは言わなくなっていたのだが、この時ばかりは違った。盛んに毎日「1日1万、
1日1万、…」と呪文のように唱えていた気がする。それほど1日1万が難しくなった。私は
この時期を砂漠相場と呼ぶようにした。

この時期唯一活気があったのがサラ金株だった。9月末に8564 武富士破綻のニュース
が流れると、サラ金株が軒並み暴落した。暴落なので活気があるとは言いがたいかも
しれないが、自分にとっては唯一の光と思えた。日々の乱高下はデイトレにはありがたく、
吸い寄せられるように毎日釘付けで監視していた。他に比べてこの業種だけ、出来高と
ボラが際立っていたと思う。

今から思うと、今年で言う震災直後の電力株のようなものでボラはあっても非常にリスク
もあるトリッキーな動きだった。しかし、砂漠相場にあってはこのサラ金株だけがチャンス
がありそうな、オアシスのような気がしたのだろう。リスクの大きさを忘れて飛びついて
しまったのが大失敗だった。ここから負のスパイラルに陥った。9月に8515 アイフルで
-25万、10月に8574  プロミスで-25万と-30万、サラ金株で立て続けに打ちのめされて
しまった。

9月はアイフルでの負けが響き、1年半ぶりにマイナス(生活費を考慮しない単純収支
ではプラス)を出すと「早く取り戻したい」と気が焦った。翌月さらにプロミスで2度大負けし、
10月には単純収支でも大きくマイナスに転じてしまう。さらに傷口を広げてしまった。
11月以降、ボラが出て出来高も増えてきたが、自分にはほとんど関係がなかった。
気持ちが落ち着かず、11月、12月もマイナスとなり、結局9月以降、4ヵ月連続で負け
越しとなってしまった。

中でも一番辛かったのはデイトレで6連敗した10月だった。5連敗した段階でもう自分
でも何とかしなくてはという気になり、月半ばではあったが急遽デイトレ日記を再開する
ことにした。この時はブログを始めたときの心境に近く、何をやっても勝てるイメージが
沸かなくなっていた。藁にもすがる思いだった。何とかしてこの状況を変えたかった。

自慢じゃ無いが私はドカンと負けるのが得意な反面、コツコツと日々の勝率だけはいい
のだ。ブログを始めてからも始める前も2連敗だって少なく、3連敗ともなると、ほとんど
ないと言っていいくらいだった。それだけに5連敗はかなりこたえた。

結局、日記を再開しても初日に負けて6連敗し(しかもプロミスで25万も負けた日だった)、
その後1日置いてもう一度だめ押しでプロミスで30万も負け、ここでようやく少し気が
静まった。

まだ1年前のことではあるが、2010年の砂漠相場だけはもう二度と経験したくない。1円
抜きですら針の穴を通すような精度が求められ、これほど難易度の高い相場は今まで
経験したことがなかった。ただこの年相当鍛えられた面もあると思う。2010年は後半に
資金を減らし、ちょうど700万で1年を終えた。リーマンショックという荒波を越えたと思っ
たら、今度は沙漠が待っているとは予想だにしなかった。

~続く~

(ThePerfectVision / MINMI)

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6月に300万を超えると、かねてから決めていた通り7月からデイトレ日記を再開すること
にした。3月半ばに休止を決めた時はまだ100万台前半であり、まさかこれほど早く再開
できると思わなかった。

この月はなんと言ってもこれまで親から借りていた20万の借金を返し、親がすごく
喜んでくれたことが印象深い。お金がもっと貯まったら今度は返すのではなく本当に親に
あげたい、と誓ったのもこの時だった。

その後も順調が続き、11月には500万も突破し、12月にもう一度20万出金し、年末に
実家に帰った時に、今度は本当にお金をあげた。ここでもまた親が泣きそうなくらい
喜んでくれたので、それがとても嬉しかった。いままで自分で好き勝手な生活をしていた
とは言え、頑張った甲斐があったと思った。

この年は後半になっても好調が続いたが、実際のところ、7月以降は全体として出来高も
細りそれほど易しい相場とは言えなかったと思う。だけど、自分で決めたルールは絶対
守ろうと気持ちの面でしっかりしてきたし、親にお金をあげたいという励みもあったので、
それが取引に対する安定感に繋がったのではないかと思う。

それがブログの文面にも現れていた。7月にデイトレ日記を再開してから文章がまとも
になってきた気がする。まともと言うのは何も誤字脱字が減ったとか、文章構成が良く
なったとか、そういうことを言うのではない。1年目は何を言っても3日坊主という感じで、
すぐさま決めたことを破る毎日だったが、この頃になると自分で決めたことをほぼ守る
ようになるので、読んでいてもイライラしないし、すんなり頭に入る。気持ちが安定し、
心に余裕も生まれてきたのかもしれない。

余裕というのは、資金が増えたことも当然あると思う。あまり勝った負けたは気にしない
で日記を読んでいるが、月々の生活費をわりと早く稼げるようになってきたのは確かだ。
それに生活費15万を引いてもそれほど大きく資金に響くことがなくなってきたのも大きい。
それがさらに取引に余裕を生む好循環になったのかもしれない。始めの頃の、空回り
に近いような肩の力が抜けてきたような気がする。

ブログ自体を楽しもうと思うようになったのもこの頃からだ。今までは取引に関すること
一辺倒しか日記に書いてこなかったが、この頃から日常生活で思ったことや感じたこと、
たとえば休日どこか遊びに出かけたり、歯医者に通ったこと、簿記の勉強を始めたこと、
なども書くようになった。時にはブログ1周年記念と題して、遊びで「天気と株価との関係」
なども調べたりした。

ちょっとおちゃらけた感はあるが、陰で株取引そのものはこれまで以上に真剣に取り
組んでいたので息抜きという意味では決して悪くなかったと思う。再開後のデイトレ日記
は半分は仕事だが、半分は息抜きとして書くようにした。愚痴っぽい言葉も多くなったが、
そういったことも楽しみの一つとして日記を書くようになった。

この頃のデイトレ日記を読んでいて、印象深い一文があったのでそれを拾ってみたい。

「昨日反省取引として挙げた7968  田崎真珠の例でもそうだが、100円前後の銘柄
だったら一回2千株ずつしか入れてない。これは資金が100万ぐらいの時から変わら
ないことだ。慣れの部分が大きいが、自分がためらい無く切れる許容量が未だにこれ
くらいと言うことなのだろう。だからこれ以上ロットを大きくする為には許容量を上げる
しかなく、今はまだそうすることに無理があり、その必要もないと感じた。」


これは資金が500万に近づいた頃に書いたものだ、今でも考えはほとんど変わらない。
自分で言うのもおかしな話だが、だいぶ落ち着いてきたなあと思う。変な気負いなく、
自分のペースで取引をするようになってきたことが窺える。私の場合、昔から馴染みの
あるロットが「2千株ずつ」というのはその通りだ。日記で書いていた7968  田崎真珠は
50円前後となり、板が圧縮し厚みも出てきたので今だったら5千株ずつくらいは入れる
かもしれない。

しかし、今でも100円前後の出来高の少ない東一低位だったら、例えば8201 さが美
や4404 ミヨシ油脂、8291 東日カーライフグループあたりなら、例え吹き上がったと
しても「2千株ずつ」しか入れないかもしれない。そんな時は板がかなり厚くなり出来高
も膨らむので、本当は資金効率で言ったら5千株ずつくらい入れた方がいいが、
なにぶん嫌らしい動きをすることが多く、自分で安心して入れる単位(ロット)が2千株
ずつくらいなのだ。

この単位については、今後の資金に関わらずもう変わらないのではないかと思う。
もっと板が薄くてトリッキーな動きをするJASDAQ低位だったら千株ずつ入れること
だって多い。

要は資金が増えたら増えただけロットを増やしたい、という呪縛から解放できるように
なったのがこの頃だったと思う。自分の資金量ではなく、触ろうとする銘柄に応じてロット
を変えるようになったのがこの頃からなのではないかと思う。大きく狙わず確実に指そう
という気持ちの現れだと思う。逆にこの年資金は大幅に増え、年末には570万ほどにも
なっていた。

~続く~

(青いベンチ / サスケ)

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2月の月間成績が大きな転換点となった。その後もデイトレ日記を続けていたが、あまり
に負けたショックが大きく、また大きく取り戻したいという欲がまだ根強くあることを自分
でも感じ、気を静めるため3月途中からデイトレ日記を再び休むことにした。もちろん
廃止株は触らないというルールは絶対守るつもりだった。

デイトレ日記を休んだ理由はもう一つあった。それは自分の甘さを取り除くためだった。
この頃になると毎日たくさんの人が見に来てくれたし、コメントも毎日のように頂いていた。
ごく稀に心ないものもあったが、多くは勝っても負けても励ましとなるものが多く、負けた
のに涙が出るくらい嬉しい時もあった。「顔が見えなくとも心が繋がるとはこういうこと
なのか」とさえ思ったりもした。私は今までネットでの繋がりにどちらかと言うと否定的
だったが、日々の取引は孤独であり、とても有り難かった。

だけど一方で、それに甘んじてはダメだろうと思う自分もいた。なぜなら、例え大きく負け
たとしてもコメントで励ましてもらえると、それで気持ちが安らぎ安心してしまうからだ。
4月から日記を正式に休止する際、理由に「里心がついてしまうから」と書いているが、
それは言い得て妙だと思う。

始めのうちは日記は日記(仕事)、コメントはコメント(息抜き)、と分けて考えていた
つもりだが、コメント欄での交流を通して里心がついてしまうと、それが取引にも影響
して、厳しい姿勢で取引に臨めなくなってしまうのではないかと思ったのだ。負けた
悔しさをうやむやに流してしまいそうな気がした。

現にその頃そういう気持ちも少なからずあったと思う。そうなると牙を抜かれたオオカミ
のような感じで、もともと元手も少ないし、たちまち株での生活が立ちゆかなくなると
思った。それが怖かった。きちんと気持ちで割り切れれば良かったと思うのだが、
そこまでの精神力が自分にはまだなかった。

そこで一旦振り出しに戻し、もう一度孤独な厳しい世界に潜り込むため、デイトレ日記を
再び休むことにしたのだ。

結果的にこの選択は間違っていなかったと思う。2月の大敗後、株取引を「仕事として」
取り組む意識はより強くなったと思う。しかしなにぶん結果が伴っていなかったので、
この頃はまだ日記の中でその言葉を口にすることはなかった。だが自分の中で確実に
意識が変わったのがこの頃からだったと思う。

ちょっと話が戻るが、前年末くらいから、資格試験の勉強はほとんどしなくなって
しまった。ブログを始めてから株に取り組む真剣さは増したが、一方で試験勉強の方は
おろそかになりがちだった。前年は当初、勉強と株の2本立てて頑張るつもりだったが、
食うことが最優先となった。実際ずっと毎月綱渡りの生活が続いていたので、勉強する
気持ちの余裕もなくなってしまった。

ただ、株での生活は、コツコツドカンの繰り返しで結果が今ひとつ伴わない。がむしゃら
にやるだけやってみようという気はあったが、近いうち職探しをするだろうとも思っていた。
それまでは株に集中しようと思った。前にも書いたが、当初株での生活はそう長く続く
とは思っていなかったし、2008年を越せるとは思ってもいなかったというのが正直な
気持ちだった。

話を戻す。その後、かなり慎重に指すようになったせいか徐々に調子がよくなっていった。
それに地合いが上向いてきたことも追い風となった。前年までとことんまで売られまくっ
ていたボロ株が多かったせいか、長きにわたる金融不安が和らぐと3月以降一斉に花を
咲かせるかのように吹き上がる銘柄が続出したのだ。

はっきり言って4月~6月くらいまでは入れ食い状態だったのでないかと思う。リーマン
ショックを乗り越えて本当に良かったと思った。すべてのセクター、すべてのボロ株に
買いが入ったと言っていいし、出来高もボラも大きかった。この頃でも持ち越しはしな
かったが、大きく上昇した後ちょっと押されたところを拾っておけば、後から来た人が
次々にそれを拾ってくれるという感じで、上昇の好循環が続いたのではないかと思う。

なかでも大きく勝てたのが4月だった。この月はなんと100万近くも勝ってしまったのだ。
金額にも驚いたし、負けたのがたった1日だけというのも今までの自分には信じられない
くらいの好成績だった。毎日大きく勝てても慎重さを忘れなかったのも良かったと思う。
4月には再び200万を超え、6月には300万も突破した。

~続く~

(地上の星/中島みゆき)

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プロフィール
HN:
ねぶくろ
性別:
男性
趣味:
オセロ、ジョギング
自己紹介:
株で生活資金を稼ぐ予定で、資格試験の勉強中。

しかし、見通しが甘く生活費の出金を含めて資金は減り続け400万→100万にまで減少。

まさにがけっぷち、これ以上大きく負ければ即、
退場→職探しコースが待っている。
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