生活費(15万/月)を稼ぐことができず、失敗するまでのデイトレ日記です。
また別の視点からも今年ちょっと思うことがある。それは1~2年くらい前までは休止又は
閉鎖する株ブログを目にすることが多かった。これはここ数年、市場全体で株価が下落
しつつ、しかもボラも出来高も減少し続けているといった厳しい地合いが背景にあると
考えられる。
しかし、今年に入ってからはそれほど休止するブログを見かけなくなったように思う。
確かに、今年になって新たに株ブログを始める人も少ないだろうが、やめてゆく人も少なく
なったと思うのだ。そうすると以前からブログをやっていた人は今年も続けているということ
であり、いわば生き残った人と言えるかもしれない。私も一応ブログランキングというのに
登録しているが、カテゴリー「株」の登録数を見ても800くらいで今年はほぼ横ばいだった
と思う(年末少し増えてきた)。
ちょっと飛躍もあるかもしれないが、投資家全体でみてもこれと似たり寄ったりの状態では
ないのかと思うのだ。今株をやっている人の多くは最低でも数年前から始めている人であり、
その間リーマンショックや、ギリシャ危機、大震災を経た人達だと思う。個人でもそういった
修羅場をくぐっているから、プロかセミプロの腕前の人達が生き残ったのだろうと思う。
強者達ばかりが残った市場だからよけいにデイトレで勝つのも難しくなったのだろうと思う。
なんだか厳しい難しい、ということだけを連呼して話がちょっと逸れてしまった。話を元に
戻すと、そういったデイトレするのにかなり厳しい環境になってきたのは資金が頭打ちに
なった去年後半から感じており、今年はなんとかしなければ、という思いがずっとあった。
株を仕事している以上止まってはいけないと思い、もし今年中に1000万に届かず、横ばい
だったら、例え負けていなくとも株をやめるべきかもしれないと思っていた。いつも思うこと
だが、誰も肩を叩いてくれやしないので、自分の引き際だけはしっかり見定めないといけ
ないと思う。
例年だったら一昨年簿記の勉強をしたように、仕事(株)以外のことにも何かチャレンジ
したり、どこか遊びに出かけたらそれを日記に書いたりするのだが、今年はほとんどそう
いうことをしていない。実際出歩く機会も少なかったが、とにかく今年は仕事である株を
頑張らなくちゃ、という思いが強かったし、家族のことで心配事もあったので、それ以外を
する余裕もなかったというのが正直なところだ。
ただその甲斐あってか、それで今年はこれまでで一番の好成績をあげられた。私はかなり
楽天的な性格なのか、厳しい相場にあってもそれは成長するチャンスだと思って捉えて
きた節がある。だから、すご腕ばかりの人達の相場で、しのぎを削るのは確かに大変だ
けれども自分を成長させる上でありがたいことだとも思っていた。
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閉鎖する株ブログを目にすることが多かった。これはここ数年、市場全体で株価が下落
しつつ、しかもボラも出来高も減少し続けているといった厳しい地合いが背景にあると
考えられる。
しかし、今年に入ってからはそれほど休止するブログを見かけなくなったように思う。
確かに、今年になって新たに株ブログを始める人も少ないだろうが、やめてゆく人も少なく
なったと思うのだ。そうすると以前からブログをやっていた人は今年も続けているということ
であり、いわば生き残った人と言えるかもしれない。私も一応ブログランキングというのに
登録しているが、カテゴリー「株」の登録数を見ても800くらいで今年はほぼ横ばいだった
と思う(年末少し増えてきた)。
ちょっと飛躍もあるかもしれないが、投資家全体でみてもこれと似たり寄ったりの状態では
ないのかと思うのだ。今株をやっている人の多くは最低でも数年前から始めている人であり、
その間リーマンショックや、ギリシャ危機、大震災を経た人達だと思う。個人でもそういった
修羅場をくぐっているから、プロかセミプロの腕前の人達が生き残ったのだろうと思う。
強者達ばかりが残った市場だからよけいにデイトレで勝つのも難しくなったのだろうと思う。
なんだか厳しい難しい、ということだけを連呼して話がちょっと逸れてしまった。話を元に
戻すと、そういったデイトレするのにかなり厳しい環境になってきたのは資金が頭打ちに
なった去年後半から感じており、今年はなんとかしなければ、という思いがずっとあった。
株を仕事している以上止まってはいけないと思い、もし今年中に1000万に届かず、横ばい
だったら、例え負けていなくとも株をやめるべきかもしれないと思っていた。いつも思うこと
だが、誰も肩を叩いてくれやしないので、自分の引き際だけはしっかり見定めないといけ
ないと思う。
例年だったら一昨年簿記の勉強をしたように、仕事(株)以外のことにも何かチャレンジ
したり、どこか遊びに出かけたらそれを日記に書いたりするのだが、今年はほとんどそう
いうことをしていない。実際出歩く機会も少なかったが、とにかく今年は仕事である株を
頑張らなくちゃ、という思いが強かったし、家族のことで心配事もあったので、それ以外を
する余裕もなかったというのが正直なところだ。
ただその甲斐あってか、それで今年はこれまでで一番の好成績をあげられた。私はかなり
楽天的な性格なのか、厳しい相場にあってもそれは成長するチャンスだと思って捉えて
きた節がある。だから、すご腕ばかりの人達の相場で、しのぎを削るのは確かに大変だ
けれども自分を成長させる上でありがたいことだとも思っていた。
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第一位…1000万達成
二位の家族の心配事や、三位の大震災を差し置いてこれを一位にするのは忍びないが、
冷静に考えてみてもやっぱりこれが自分の中で今年一番大きな出来事だった。
株を始める多くの個人投資家がきっとそうであるように、私も同じくずっと1000万を目標に
してきた。しかも私の場合は資金が100万と元手が少ない上、生活費も引きながらだった
ので、退場する可能性の方が断然高く、目標にはするものの達成するのは夢のまた夢だろう
とも思っていた。だからこそ、5年目にして1000万に届いたときの喜びはひとしおだった。
日記でも時々書いていることだが、世間でだんだん雇用が減り仕事が減ってゆくのと歩み
を合わせるかのように、ここ数年株式相場の方も年々冷え込んでいった。
ちょっと乱暴な言い方をすれば、今の日本市場において5年とか10年の「長期投資」という
言葉は死語になりつつあるのではないかと思う。上がるのを待って塩漬けしてたら結果的
にそうなったというのはあるかもしれないが、それは「長期投資」に含めない。
いくら長く持つつもりで、インカムゲインが目当てだと言っても、数年持っていたら株価が
半分になっていたなんて目も当てられないからだ。これは別に私が好むボロ株だけを
指して言っているのではない。日経平均にも採用されるような優良企業でもそうなのだ。
日経平均の20年足を見ると、90年をピークにあとはただひたすら下がりっぱなし。今では
当時の4~5分の1にまで落ちている。
日本は「長期投資」に向かない市場なのだ。今の時代にあえて「長期投資」という言葉を
使うとすれば、半年とか1年でも十分そう呼べるのではないかと思う。よっぽど銘柄を
選ばない限り、それくらい長居は禁物だと思う。証券会社の多くも近年は短期売買をする
客に重きを置いているようで、スクリーニングなど分析ツールよりも、板発注や特殊注文
など、いかに素早く注文できるかを競っているように思われる。恐らくは手数料を多く
落としてくれる客がデイトレ中心になっているからだと思う。
じゃあ、優れたデイトレツールは整ってきたし、短期売買なら今の時代でも勝ちやすい
のかというとそんなことでもない。私が思うに、デイトレする上で一番大事なのは出来高と
ボラだと思うが、その両方がここ数年めっきり減ってきているからだ。

上のグラフは先日日経新聞に載っていたここ数年の東証一部の1日あたりの売買代金だ。
これを見ると2007年をピークに年々減り続けていることがわかる。今年はちょっと多めに
見て仮に1日あたり1兆円だとしても2007年のおよそ3分の1にまで減少したと言える。
またグラフはなかったが、関連して出来高もこれにほぼ比例するのでこれも年々減り
続けてきたと言えるだろう。結局は株価が上がらないと市場が盛り上がらないので、
出来高も売買高も、ひいてはボラも増えないということなのだ。それだとデイトレは厳しい。
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二位の家族の心配事や、三位の大震災を差し置いてこれを一位にするのは忍びないが、
冷静に考えてみてもやっぱりこれが自分の中で今年一番大きな出来事だった。
株を始める多くの個人投資家がきっとそうであるように、私も同じくずっと1000万を目標に
してきた。しかも私の場合は資金が100万と元手が少ない上、生活費も引きながらだった
ので、退場する可能性の方が断然高く、目標にはするものの達成するのは夢のまた夢だろう
とも思っていた。だからこそ、5年目にして1000万に届いたときの喜びはひとしおだった。
日記でも時々書いていることだが、世間でだんだん雇用が減り仕事が減ってゆくのと歩み
を合わせるかのように、ここ数年株式相場の方も年々冷え込んでいった。
ちょっと乱暴な言い方をすれば、今の日本市場において5年とか10年の「長期投資」という
言葉は死語になりつつあるのではないかと思う。上がるのを待って塩漬けしてたら結果的
にそうなったというのはあるかもしれないが、それは「長期投資」に含めない。
いくら長く持つつもりで、インカムゲインが目当てだと言っても、数年持っていたら株価が
半分になっていたなんて目も当てられないからだ。これは別に私が好むボロ株だけを
指して言っているのではない。日経平均にも採用されるような優良企業でもそうなのだ。
日経平均の20年足を見ると、90年をピークにあとはただひたすら下がりっぱなし。今では
当時の4~5分の1にまで落ちている。
日本は「長期投資」に向かない市場なのだ。今の時代にあえて「長期投資」という言葉を
使うとすれば、半年とか1年でも十分そう呼べるのではないかと思う。よっぽど銘柄を
選ばない限り、それくらい長居は禁物だと思う。証券会社の多くも近年は短期売買をする
客に重きを置いているようで、スクリーニングなど分析ツールよりも、板発注や特殊注文
など、いかに素早く注文できるかを競っているように思われる。恐らくは手数料を多く
落としてくれる客がデイトレ中心になっているからだと思う。
じゃあ、優れたデイトレツールは整ってきたし、短期売買なら今の時代でも勝ちやすい
のかというとそんなことでもない。私が思うに、デイトレする上で一番大事なのは出来高と
ボラだと思うが、その両方がここ数年めっきり減ってきているからだ。
上のグラフは先日日経新聞に載っていたここ数年の東証一部の1日あたりの売買代金だ。
これを見ると2007年をピークに年々減り続けていることがわかる。今年はちょっと多めに
見て仮に1日あたり1兆円だとしても2007年のおよそ3分の1にまで減少したと言える。
またグラフはなかったが、関連して出来高もこれにほぼ比例するのでこれも年々減り
続けてきたと言えるだろう。結局は株価が上がらないと市場が盛り上がらないので、
出来高も売買高も、ひいてはボラも増えないということなのだ。それだとデイトレは厳しい。
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9~10月になってもさらに兄の病気は悪化した。言語が定まらなくなり、いない誰かと
話をしたり、奇行・奇声が目立つようになった。これ以上細かく書くのはやめておくが、
毎日電話する母親から「もうこれ以上は耐えられない」と弱音がこぼれた。この時期に
なると親も一刻も早く兄に入院させる必要があると思い、その方法を考えていたが
なかなか実現できなかった。
病院、保健所、役所などどこに駆け込んで「入院させて欲しい」と訴えても動いては
くれない。実際に暴力を振るわれた事件では訳ではないから警察も動けないという。
なんとも歯がゆい思いだった、事件になってからでは遅いかもしれないのに。人は血
が通っている、たとえ言葉であっても実際の暴力以上に傷つくこともある。私にとっては
兄よりも両親の方が心配であり、いくら個人の尊厳が大事だと言っても面倒を見る両親
の尊厳はどうでもいいのかと思った。私も保健所や役所などに何度か電話したが、
関係機関をたらい回しに紹介されるだけで、どこも動いてはくれなかった。
親と相談し、友達に1日会社を休んでもらって私と一緒に実家(群馬)に行ってもらい、
兄を無理矢理病院に連れて行こうと段取りを組んだのもこの頃だった。兄は事前に
親から私が帰ると聞くと絶対入院しないと言い張った。実はその前も電話で何度も私が
「頼むから入院してくれ」と言ったのでかなり警戒していたのだと思う。暴れたらたとえ
両親と四人がかりでも無理矢理運ぶのは厳しそうだったので結局とりやめにした。
転機となったのは10月の後半の金曜だった。兄が家のテレビと空気清浄機をなぜか
壊れたと言って(本当は壊れていない)家の外に持ち出して車に積み込むことがあった。
それに気付いた両親が止めても聞かないし、すでに会話もまともにできる状態では
なかったので、親が「泥棒だから警察に電話するよ」といって警察に電話した。実は
もう何度も警察にご迷惑を掛けることがあって警察もよく私の家の事情を理解していた。
警察としては兄を抑えてテレビなどを家に戻し、そのまま帰ることもできたそうだが、
両親を不憫に思ってのことなのだろうか、その日はとうとう動いてくれたのだ。事前に
県の指定病院に連絡した上で、兄を運ぶため大きな車(パトカー)を手配し、警察官
が何人か付き添って入院(措置入院という)させてくれたのだ。
親もすぐに自家用車で追って病院へ向かった。着いて一段落すると担当の看護師
さんが「いままでよく頑張りましたね」と言って下さったそうだ。その時ばかりは今まで
辛かったことを思いだし、思わず涙が出てしまったという。医師や看護師さんによれば
あの状態になると警察に頼るしか強制入院させる手段はなかったという。それを聞いて
「ああ、良かったなあ」と心底思った。この件があって以来母親は街中で警官を見つけ
てもドキッとするというより、親しみを感じるようになったと言う。
両親の身の安全も心配だったが、兄も何かの拍子に自分自身を傷つけないとも限ら
ない。テンションは高いが頭が混乱してオーバーヒートしている状態だったので疲労も
半端なく、薬によって一刻も早く頭を沈める必要があった。
その後、約1ヵ月半ほど入院して11月に退院した。電話で親から聞くと驚くほど良く
なったらしい。声を荒らげることもないし、両親への気遣いも戻ったという。親も年末は
安心して戻ってきていいと言う。正直言ってここ何回かは実家へ帰っても休まる気が
しなかったが今回ばかりはゆっくり家族団らんの時間を過ごせるかもしれない。
統合失調症は脳の病気だ。未だに社会の偏見が大きいし未知の部分も多いが、肝臓
や腎臓など体の部位の病気と同じと考えれば、納得ゆくのではないだろうか。その人
の人格とは切り離して考えないといけない。私も今までは見過ごしてきたが、目線を
変えると世の中にこの病気の人は沢山いる。
発症は100人に1人と言うから、いつ誰がなってもおかしくはない。ただ、未だに偏見や
差別などが多いので仕事をしている人でも病気をおおっぴらにしないことが多い。この
病気になった人の共通点を考えてみると心優しく責任感の強い人が多いと思う。しかし
反面、繊細でストレスに弱い人でもあるとも言える。兄を含めてこの病気の人が病名を
オープンにしても住みやすい社会を作らないといけないと思った。
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話をしたり、奇行・奇声が目立つようになった。これ以上細かく書くのはやめておくが、
毎日電話する母親から「もうこれ以上は耐えられない」と弱音がこぼれた。この時期に
なると親も一刻も早く兄に入院させる必要があると思い、その方法を考えていたが
なかなか実現できなかった。
病院、保健所、役所などどこに駆け込んで「入院させて欲しい」と訴えても動いては
くれない。実際に暴力を振るわれた事件では訳ではないから警察も動けないという。
なんとも歯がゆい思いだった、事件になってからでは遅いかもしれないのに。人は血
が通っている、たとえ言葉であっても実際の暴力以上に傷つくこともある。私にとっては
兄よりも両親の方が心配であり、いくら個人の尊厳が大事だと言っても面倒を見る両親
の尊厳はどうでもいいのかと思った。私も保健所や役所などに何度か電話したが、
関係機関をたらい回しに紹介されるだけで、どこも動いてはくれなかった。
親と相談し、友達に1日会社を休んでもらって私と一緒に実家(群馬)に行ってもらい、
兄を無理矢理病院に連れて行こうと段取りを組んだのもこの頃だった。兄は事前に
親から私が帰ると聞くと絶対入院しないと言い張った。実はその前も電話で何度も私が
「頼むから入院してくれ」と言ったのでかなり警戒していたのだと思う。暴れたらたとえ
両親と四人がかりでも無理矢理運ぶのは厳しそうだったので結局とりやめにした。
転機となったのは10月の後半の金曜だった。兄が家のテレビと空気清浄機をなぜか
壊れたと言って(本当は壊れていない)家の外に持ち出して車に積み込むことがあった。
それに気付いた両親が止めても聞かないし、すでに会話もまともにできる状態では
なかったので、親が「泥棒だから警察に電話するよ」といって警察に電話した。実は
もう何度も警察にご迷惑を掛けることがあって警察もよく私の家の事情を理解していた。
警察としては兄を抑えてテレビなどを家に戻し、そのまま帰ることもできたそうだが、
両親を不憫に思ってのことなのだろうか、その日はとうとう動いてくれたのだ。事前に
県の指定病院に連絡した上で、兄を運ぶため大きな車(パトカー)を手配し、警察官
が何人か付き添って入院(措置入院という)させてくれたのだ。
親もすぐに自家用車で追って病院へ向かった。着いて一段落すると担当の看護師
さんが「いままでよく頑張りましたね」と言って下さったそうだ。その時ばかりは今まで
辛かったことを思いだし、思わず涙が出てしまったという。医師や看護師さんによれば
あの状態になると警察に頼るしか強制入院させる手段はなかったという。それを聞いて
「ああ、良かったなあ」と心底思った。この件があって以来母親は街中で警官を見つけ
てもドキッとするというより、親しみを感じるようになったと言う。
両親の身の安全も心配だったが、兄も何かの拍子に自分自身を傷つけないとも限ら
ない。テンションは高いが頭が混乱してオーバーヒートしている状態だったので疲労も
半端なく、薬によって一刻も早く頭を沈める必要があった。
その後、約1ヵ月半ほど入院して11月に退院した。電話で親から聞くと驚くほど良く
なったらしい。声を荒らげることもないし、両親への気遣いも戻ったという。親も年末は
安心して戻ってきていいと言う。正直言ってここ何回かは実家へ帰っても休まる気が
しなかったが今回ばかりはゆっくり家族団らんの時間を過ごせるかもしれない。
統合失調症は脳の病気だ。未だに社会の偏見が大きいし未知の部分も多いが、肝臓
や腎臓など体の部位の病気と同じと考えれば、納得ゆくのではないだろうか。その人
の人格とは切り離して考えないといけない。私も今までは見過ごしてきたが、目線を
変えると世の中にこの病気の人は沢山いる。
発症は100人に1人と言うから、いつ誰がなってもおかしくはない。ただ、未だに偏見や
差別などが多いので仕事をしている人でも病気をおおっぴらにしないことが多い。この
病気になった人の共通点を考えてみると心優しく責任感の強い人が多いと思う。しかし
反面、繊細でストレスに弱い人でもあるとも言える。兄を含めてこの病気の人が病名を
オープンにしても住みやすい社会を作らないといけないと思った。
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第二位…家族の心配事
私には10年ほど前に統合失調症を発病した兄がいる。もともとは仕事もあり結婚もして
いたが、2年前に離婚し子供(息子)とも離れ、去年から両親と一緒に実家で暮らして
いる。その兄の病気が春先になって快方に向い、ハローワークを通じて学校(職業訓練)
にまで通えるようになったということまでを以前の日記(5月の月間成績)にも書いた。
しかし、その後再び病気が悪化した、それもかなり急激に。6月から学校に毎日通う
はずだったが、体調が悪くなり直前になってキャンセルし、結局1日も行かず仕舞い
だった。並行して自己破産の手続きをやっていたし、新しいことをする不安がストレスに
なってしまったのだと思う。親もまだちょっと無理があると思っていたのでそれは仕方
ないと思っていたようだ。私もほぼ丸1日の学校にいることになるから無理して通って
また病気をこじらせるよりはいいかと思っていた。
だけど、それにも関わらず6月以降、兄の病気は悪化の一途を辿った。常にイライラして
いる状態で、両親への罵倒や嘘、奇行や妄想、独り言が多くなった。私も仕事中に電話
をもらい兄とケンカしたりもした。相手の話は聞かず、お構いなしに自分の好き勝手な
ことだけを言う。意地の悪い言葉も多く、一見するとかなり性格が悪い人のようにも見え、
これがこの病気の特徴なんだと思う。
自慢じゃないが私の両親はとてもできた人で、息子達(兄と私)に対してとても愛情を
もって接してくれるし、理解もある方だと思う。それなので昨年末から兄が両親と暮らす
ようになっていろいろ大変なことがあっても「まあまあ、そんなこともあるさ」くらいの寛容
な気持ちで始めは兄に接していた。
それでも私は心配になって「もし何かあったら警察に話して入院させた方がいいよ」なんて
言っても、「何言ってんのー、まだ全然大丈夫だって」なんて言っていたのが今年6月くらい
だった。私は東京で離れて暮らしているから電話で話を聞いても本当の実情は分らない。
本やネットで調べて見ると、入院(強制入院も多い)する人も多く、中には包丁を持って
家族に「殺すぞー」と暴れる人も決して例外ではないらしいので怖かった。現に家族ぐるみ
で付き合いのある昔からの知り合いもこの病気で、息子が母親を殴ったり、外で他人を
いきなり殴って警察に補導されたこともあるらしい。いくら親でも体格の大きな息子に殴ら
れると、その後怖くなって普通に接するのが難しくなってしまうと思う。
私の兄の場合は両親や他人に暴力を振るうことはなかったが、言葉の暴力が凄かった。
時として怪我を負わせる以上に言葉というのは人の心を傷つけることがあると思う。日々
の言葉の暴力によって、明るかった母親もとうとう参ってしまった。私は毎年正月と夏に
実家に帰省しているが、夏に母親を見たときにはほんと驚いた。正月に会ったときは
まだ今までと同じくらいの体型で太っていたのに、夏に見たら骨と皮だけのガリガリに
なっていたからだ。歳のせいか、やせると余計しわが目立って老けたようにも思えた。
びっくりして「だいじょうぶ?何キロやせた?」って聞いてもはっきりは言わなかったが、
おそらく15~20キロくらいは半年という短期間に落ちたのでないかと思う。それでも
「体が軽くなったのでかえって動きやすくなった」なんて元気に言うのを聞くとよけい辛く
なってきた。
私も「兄は病気なんだ」ということを強く意識して、普通に兄に接しようと思っても、何か
に付けて兄が突っかかってくるので、親に「怒っちゃだめだよ」言われつつ、つい口論に
なってしまうこともしばしばだった。2泊しただけでもかなりヘトヘトになった。
両親の場合は兄と一緒に暮らしているからその大変さは計り知れない。この状態が
もう何ヶ月も続いているので心底疲れ切ってしまったのだろう、もう兄にいろいろ言われ
てもとやかく反論しなくなくなっていた。悪く言えば、腫れ物を触るような感じで接する
ようになってしまったのだ。兄にも両親にもこれはかなり良くない状態だと思った。
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私には10年ほど前に統合失調症を発病した兄がいる。もともとは仕事もあり結婚もして
いたが、2年前に離婚し子供(息子)とも離れ、去年から両親と一緒に実家で暮らして
いる。その兄の病気が春先になって快方に向い、ハローワークを通じて学校(職業訓練)
にまで通えるようになったということまでを以前の日記(5月の月間成績)にも書いた。
しかし、その後再び病気が悪化した、それもかなり急激に。6月から学校に毎日通う
はずだったが、体調が悪くなり直前になってキャンセルし、結局1日も行かず仕舞い
だった。並行して自己破産の手続きをやっていたし、新しいことをする不安がストレスに
なってしまったのだと思う。親もまだちょっと無理があると思っていたのでそれは仕方
ないと思っていたようだ。私もほぼ丸1日の学校にいることになるから無理して通って
また病気をこじらせるよりはいいかと思っていた。
だけど、それにも関わらず6月以降、兄の病気は悪化の一途を辿った。常にイライラして
いる状態で、両親への罵倒や嘘、奇行や妄想、独り言が多くなった。私も仕事中に電話
をもらい兄とケンカしたりもした。相手の話は聞かず、お構いなしに自分の好き勝手な
ことだけを言う。意地の悪い言葉も多く、一見するとかなり性格が悪い人のようにも見え、
これがこの病気の特徴なんだと思う。
自慢じゃないが私の両親はとてもできた人で、息子達(兄と私)に対してとても愛情を
もって接してくれるし、理解もある方だと思う。それなので昨年末から兄が両親と暮らす
ようになっていろいろ大変なことがあっても「まあまあ、そんなこともあるさ」くらいの寛容
な気持ちで始めは兄に接していた。
それでも私は心配になって「もし何かあったら警察に話して入院させた方がいいよ」なんて
言っても、「何言ってんのー、まだ全然大丈夫だって」なんて言っていたのが今年6月くらい
だった。私は東京で離れて暮らしているから電話で話を聞いても本当の実情は分らない。
本やネットで調べて見ると、入院(強制入院も多い)する人も多く、中には包丁を持って
家族に「殺すぞー」と暴れる人も決して例外ではないらしいので怖かった。現に家族ぐるみ
で付き合いのある昔からの知り合いもこの病気で、息子が母親を殴ったり、外で他人を
いきなり殴って警察に補導されたこともあるらしい。いくら親でも体格の大きな息子に殴ら
れると、その後怖くなって普通に接するのが難しくなってしまうと思う。
私の兄の場合は両親や他人に暴力を振るうことはなかったが、言葉の暴力が凄かった。
時として怪我を負わせる以上に言葉というのは人の心を傷つけることがあると思う。日々
の言葉の暴力によって、明るかった母親もとうとう参ってしまった。私は毎年正月と夏に
実家に帰省しているが、夏に母親を見たときにはほんと驚いた。正月に会ったときは
まだ今までと同じくらいの体型で太っていたのに、夏に見たら骨と皮だけのガリガリに
なっていたからだ。歳のせいか、やせると余計しわが目立って老けたようにも思えた。
びっくりして「だいじょうぶ?何キロやせた?」って聞いてもはっきりは言わなかったが、
おそらく15~20キロくらいは半年という短期間に落ちたのでないかと思う。それでも
「体が軽くなったのでかえって動きやすくなった」なんて元気に言うのを聞くとよけい辛く
なってきた。
私も「兄は病気なんだ」ということを強く意識して、普通に兄に接しようと思っても、何か
に付けて兄が突っかかってくるので、親に「怒っちゃだめだよ」言われつつ、つい口論に
なってしまうこともしばしばだった。2泊しただけでもかなりヘトヘトになった。
両親の場合は兄と一緒に暮らしているからその大変さは計り知れない。この状態が
もう何ヶ月も続いているので心底疲れ切ってしまったのだろう、もう兄にいろいろ言われ
てもとやかく反論しなくなくなっていた。悪く言えば、腫れ物を触るような感じで接する
ようになってしまったのだ。兄にも両親にもこれはかなり良くない状態だと思った。
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第三位…東日本大震災
3月11日を境にして世の中が変わったといっても過言ではないと思う。それくらい大きな
出来事だった。例年だったこれが間違いなく一位だったと思う。
地震や津波そのものは天災であり日本に住んでいる以上、地形や位置からいって避けら
れない面はあると思う。だが原発放射能問題や政府・東電のお粗末な対応は紛れもなく
人を介して引き起こされた問題だ。今後の日本の電力の行く末や農業、漁業の風評まで
人が引き起こした様々な問題を浮き彫りにしたのではないかと思う。
震災直後から1~2ヵ月くらいは牛乳や納豆、缶詰、水などあらゆる食品がスーパーから
消え、トイレットペーパーや電池、ガスコンロなど日用品も売り切れた。コンビニにいっても
商品棚は空っぽで弁当は一つも無く、菓子なども多くが売り切れていた。時々入荷しても
人がすぐに奪い合うようにして売り切れる様は恐ろしいものがあった。
普段はあまり行かない近所のスーパーに出かけると、牛乳は棚に並んでいないが、店員が
常連さんとおぼしき人を見つけると「牛乳いる?」と客に声をかけて裏から牛乳を2本取り
出して買い物カゴに入れるのを見た。また閉鎖された近所のガソリンスタンドも地元の議員
や特定の顧客だけはこっそり給油させているという話も聞いた。
「ひでえなあ」とも正直思ったが、反面、それはそういうものかもしれないとも思った。これが
非日常なんだということを実感した。きっと両親が経験したというオイルショックの時も同じ
ような状況だったのかもしれない。
津波で家や車がおもちゃのように押し流されている映像をテレビで見ると、人の命なんて
生きるも死ぬも紙一重なんだと思えてくる。人の命なんてと言ったが、軽いと思って言った
わけではない。その逆で、生き残った我々は運良く「生かされている」と思い、前向きに
生きなきゃいけないんだと思った。
震災では悲しいニュースが多かったが、一方で自衛隊やボランティア、被災地の地元の
消防団の方々の誠意ある活動は心に響くことも多かった。宮城県出身であるサンドウィッチ
マンの伊達さんが被災地の人から聞いた話としてテレビでだいたいこんな事をいっていた
のを思い出す。
避難地域に指定された民家に空き巣が入られることが多いと聞きます。地元の人が
たまたま家に戻ったときに泥棒を見つけたが、「あっ、どろぼー」とは言えなかったといい
ます。そこはもともと鍵なんて掛けなくとも全然大丈夫なくらい泥棒なんていなかった地域
であり、同じ被災者として生活に窮してそうする気持ちが良く分かるから、「一概に泥棒とは
言えないじゃないか」、そう言うんですよね。
なるほどと思う反面、空き巣に入るのは必ずしも地元の人とは限らず、むしろ遠方から
やってきて悪事を働く人も多そうだ。だからやっぱり泥棒は泥棒として普通は警察に届けた
方がいいのだと思う。だけど、被災地の方は、そういうことも当然分っているはずなのに、
避難生活に加えてさらに泥棒にも入られるという泣きっ面に蜂の心境であるはずなのに、
それでもなお、地元の人と土地を愛する気持ちが伝わってきてジーンとした。
今年の創作四字熟語は震災関連のものが多かったが、中でも「一松懸命(いっしょうけん
めい)」には強くうなづいた。岩手県陸前高田市で津波に耐えた一本松をイメージする
からだ。残念ながら根が枯れかけて余命いくばくのようだが、例え姿形がなくなっても
今を生きる人々に強い勇気と希望を与え、記憶の中に生き残るのではないかと思う。
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3月11日を境にして世の中が変わったといっても過言ではないと思う。それくらい大きな
出来事だった。例年だったこれが間違いなく一位だったと思う。
地震や津波そのものは天災であり日本に住んでいる以上、地形や位置からいって避けら
れない面はあると思う。だが原発放射能問題や政府・東電のお粗末な対応は紛れもなく
人を介して引き起こされた問題だ。今後の日本の電力の行く末や農業、漁業の風評まで
人が引き起こした様々な問題を浮き彫りにしたのではないかと思う。
震災直後から1~2ヵ月くらいは牛乳や納豆、缶詰、水などあらゆる食品がスーパーから
消え、トイレットペーパーや電池、ガスコンロなど日用品も売り切れた。コンビニにいっても
商品棚は空っぽで弁当は一つも無く、菓子なども多くが売り切れていた。時々入荷しても
人がすぐに奪い合うようにして売り切れる様は恐ろしいものがあった。
普段はあまり行かない近所のスーパーに出かけると、牛乳は棚に並んでいないが、店員が
常連さんとおぼしき人を見つけると「牛乳いる?」と客に声をかけて裏から牛乳を2本取り
出して買い物カゴに入れるのを見た。また閉鎖された近所のガソリンスタンドも地元の議員
や特定の顧客だけはこっそり給油させているという話も聞いた。
「ひでえなあ」とも正直思ったが、反面、それはそういうものかもしれないとも思った。これが
非日常なんだということを実感した。きっと両親が経験したというオイルショックの時も同じ
ような状況だったのかもしれない。
津波で家や車がおもちゃのように押し流されている映像をテレビで見ると、人の命なんて
生きるも死ぬも紙一重なんだと思えてくる。人の命なんてと言ったが、軽いと思って言った
わけではない。その逆で、生き残った我々は運良く「生かされている」と思い、前向きに
生きなきゃいけないんだと思った。
震災では悲しいニュースが多かったが、一方で自衛隊やボランティア、被災地の地元の
消防団の方々の誠意ある活動は心に響くことも多かった。宮城県出身であるサンドウィッチ
マンの伊達さんが被災地の人から聞いた話としてテレビでだいたいこんな事をいっていた
のを思い出す。
避難地域に指定された民家に空き巣が入られることが多いと聞きます。地元の人が
たまたま家に戻ったときに泥棒を見つけたが、「あっ、どろぼー」とは言えなかったといい
ます。そこはもともと鍵なんて掛けなくとも全然大丈夫なくらい泥棒なんていなかった地域
であり、同じ被災者として生活に窮してそうする気持ちが良く分かるから、「一概に泥棒とは
言えないじゃないか」、そう言うんですよね。
なるほどと思う反面、空き巣に入るのは必ずしも地元の人とは限らず、むしろ遠方から
やってきて悪事を働く人も多そうだ。だからやっぱり泥棒は泥棒として普通は警察に届けた
方がいいのだと思う。だけど、被災地の方は、そういうことも当然分っているはずなのに、
避難生活に加えてさらに泥棒にも入られるという泣きっ面に蜂の心境であるはずなのに、
それでもなお、地元の人と土地を愛する気持ちが伝わってきてジーンとした。
今年の創作四字熟語は震災関連のものが多かったが、中でも「一松懸命(いっしょうけん
めい)」には強くうなづいた。岩手県陸前高田市で津波に耐えた一本松をイメージする
からだ。残念ながら根が枯れかけて余命いくばくのようだが、例え姿形がなくなっても
今を生きる人々に強い勇気と希望を与え、記憶の中に生き残るのではないかと思う。
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株で生活資金を稼ぐ予定で、資格試験の勉強中。
しかし、見通しが甘く生活費の出金を含めて資金は減り続け400万→100万にまで減少。
まさにがけっぷち、これ以上大きく負ければ即、
退場→職探しコースが待っている。
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